その場所だけが持つ空気を音に込める。Shin Sakiuraが手掛けた「いつか訪れたい」を届ける音楽とは

「どこかに行きたくなる音楽」それは、ある場所だけが持つ固有の音を使って作られた音楽かもしれない。“コロナ禍で来店できない人へ、音のお土産を”というアイデアから生まれた楽曲について、中津川にある手打ち蕎麦店わくり、楽曲制作を手掛けたShin Sakiura、企画を担当したSOUNDS GOOD®安藤氏に話を訊く。
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2021.09.30 09:00

ブランデッドオーディオストレージ「SOUNDS GOOD®」が、プロデューサー/ギタリストとして活躍するShin Sakiura、そして岐阜県中津川にある手打ちそばの専門店「手打蕎麦 わくり」と新たにコラボ。9月29日に楽曲「WAKURI on SOUNDS GOOD」をリリースした。



同曲は手打蕎麦 わくりの店主がそばを作る際に発せられる様々な音を素材として録音し、その音源を基にShin Sakiuraが楽曲に昇華したものだ。


SOUNDS GOOD®はこれまで、企業や自治体が持つ「音の資産」と様々なアーティストとのコラボを仕掛け、独自の音資産を楽曲として後世に残すという取り組みを数多く手掛けてきたことで知られる。しかし、今回の楽曲で取り組んだのは企業の音ではなく、同ブランドにとっても初となる個人商店だ。


SOUNDS GOOD®代表・安藤紘氏は当初、クリエイティブの作り方や費用感の面で個人商店との取り組みには様々な壁があると考えていたそうだ。しかし本企画を始めるにあたり、わくり店主の熱い想いを受け、意見をすり合わせながらこの異色のコラボを実現させたという。


「コロナ禍で来店できないお客様にも“音のお土産を”」という思いから制作がスタートした「WAKURI on SOUNDS GOOD」。なんというタイミングか、楽曲リリースの前日には、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置の解除が発表された。


少しずつ制限のない生活を取り戻していく中で、固有の場所が持つ“音”で作られた音楽が「その場所を訪れてみたい」という動機になり得るということには、コロナ禍に苦しむ飲食、観光、そして音楽業界にとっても今後に向けてのヒントになるアイデアが沢山あるのではないだろうか。


今回は楽曲「WAKURI on SOUNDS GOOD」の制作について、その背景や楽曲の制作方法、このコラボに込められた想い、そこで新たに生まれたブランディッドオーディオの可能性について、安藤氏とShin Sakiura、そして、手打蕎麦 わくり店主の三者に話を訊いた。





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言葉の壁がない音楽を使った“お土産”を作りたい


―まずは最初に、わくりさんがどんなお店なのか教えていただけますか?


わくり:岐阜県の中津川に店を構えている手打ち蕎麦店です。当店では中津川のお水や地元の食材を利用し、地産地消という形でそばを提供しています。


―今回、お店の音を使って楽曲を作りたいと考えられたきっかけは何だったのでしょうか?


わくり:SOUNDS GOOD®さんのことは以前、ナカコー(Koji Nakamura)さんが制作された青森の音を使用した楽曲のMVを見た時に知りました。そして、「そばを打つ音は雑音のように聴こえるけれど、ある人が聴くとおもしろいリズムのようにも聴こえてくるんじゃないか」と思い、連絡させていただいたんです。


中津川は元々海外からのお客様も多く、コロナ禍以前は当店にも海外から数多くのお客様に来店していただけていましたが、今はそうではありません。ただ、コロナ収束後にはまた海外のお客様にも足を運んでいただきたいですし、その時に何かお土産になるようなものがあれば喜んでもらえると思いました。音楽なら言葉の壁がなく、誰にでも伝わるお土産になるだろうと考えたのも今回ご依頼した理由のひとつです。


―SOUNDS GOOD®は様々な企業と音の資産を残すプロジェクトを行っていますが、今までに個人で経営されているお店との取り組みはありましたか?


安藤:僕らのやっていることは、どちらかと言えば企業や自治体のような比較的大規模な業態に向けた企画です。個人商店のように小規模の事業者さんとの取り組みを行う場合、費用感などの面で解決しなければならない課題が多くあると思っていました。そんな時にお問い合わせをいただき、わくりさんの熱い想いをお聞きし、なんとか実現したいと思い色々と意見をすり合わせながら進めていったんです。


―今回、楽曲制作をShin Sakiuraさんに依頼したのはどういった理由からでしょうか?


安藤:去年block.fmさんと僕らとShinさんとでコラボした際に、Shinさんとラジオ番組の中で会話する機会があり、その時に「また機会があれば、他の音も録ってみたい」とポジティブなコメントをいただくことができました。僕自身が元々Shinさんの楽曲を聴いていたこともあって、その言葉がとても嬉しく何かのタイミングでお声がけしたいなと思っていたんです。それで今回、わくりさんのお人柄とShinさんの楽曲の相性が良いのでは?と思いお声がけさせていただきました。


わくり:そば屋の客はどちらかと言えば年配の方が多く、20代〜30代の若い客層も取り入れたいということもあって、フレッシュなアーティストであるShinさんにお願いしました。


―Shinさんは今回、再びSOUNDS GOOD®から依頼を受けたときはどう思われました?


Shin:昨年参加させていただいたホームサンプリングの企画は、所属するレーベルの一員として参加したような感じでしたし、以前から自分の周りのアーティストやプロデューサーたちがSOUNDS GOOD®さんの企画に参加していることも知っていたので、今回「ついに自分にも声がかかったか!嬉しい!」という感じでした。


前回のホームサンプリングの時は自分の家の中にあるものを使って音作りをするという企画だったので、録れる音は良くも悪くも想像できるような音が多かったんです。ただ僕としては、次は自分でも想像がつかないような音を使って曲を作ってみたいと思っていたので、今回の企画に参加できて嬉しかったですね。





“お店の空気感を含んだ”音の素材を録る


―わくりさんのお店に行く前から「こんな音を録音しよう」「こんな楽曲にしたい」という楽曲の完成イメージはありましたか?


Shin:録れる音によって楽曲の方向性は変わってくるだろうなと思っていたので、今回はあえて具体的にイメージしないようにしていました。その代わりにSoundCloudに上がっているSOUNDS GOOD®の過去の曲を聴いて、ほかのアーティストが環境音をどう捉えて処理しているのかを参考がてらにチェックしましたね。そのおかげで「この音はこういう風に使える」とか、事前に制作のイメージを掴むことができました。


―実際にお店に行っての第一印象はいかがでしたか?


Shin:実は事前にお店の写真を拝見していなかったので、場所が中津川ということもあって、すごく古風な老舗のそば屋さんをイメージしていたんです。でも実際に行ってみると、ガラス張りですごく明るくてキレイだし、とてもお洒落なお店でしたね。


―それでは、今回の録音で使った機材を教えて下さい。


Shin:一般的にフィールドレコーディングで使われているZOOMの「H6」を使用しました。現場では最初ガンマイクも使いましたが、それだと録った音が少し殺風景に感じたんですよね。例えばそばを包丁で切っている音だけを録ると、机を叩いている音とそんなに変わらず、お店での独特の雰囲気が出ないんですよ。今回はお店の雰囲気も含めて音の情報として曲に入れたかったので、その点は気を配りました。



Shin:素材の音をきれいに録って曲に入れ込むと、曲自体が思っていたよりもフラットな雰囲気になってしまうんです。そうすると「この音はどこから録った音なんだろう」とイメージしにくくなってしまうので、それは避けたいと思っていました。このことはホームサンプリングの楽曲を作った時に気がついたことで、前回の経験が活かせたかなと思います。


―他にもお店でのレコーディングで印象に残っていることはありますか?


Shin:普段飲食店に行った時に、店内で鳴っている色々な音を意識することはあまりないのですが、今回のような経験をしたことで、日常の中にも音楽に使えそうな音がすごく沢山あるんだな、と改めて思うようになりました。それまで自分になかった新しい目線で音に触れたことがすごく面白かったし、自分の経験としても大きかったですね。


―今回の楽曲でShinさんはわくりさんというお店のどういう部分を伝えたいと思いましたか?


Shin:まずは先ほど言ったように、お店の雰囲気や空気感を音で伝えたいという思いがありました。その空気感とは何かというと、わくりさんがそばを作る時に生まれる複数の音の情報が重なり合った"音のID"のようなものだと感じたんです。


そばを作ること自体はどこの街でも見られる光景ですが、作り手によってやり方がそれぞれ微妙に違うだろうし、その時にお店の中で聴こえる音も違うと思うので、他のお店では聴こえない音が重なったものにこそ、わくりさんらしさがあると考えました。



―録音した音は曲の中でどのように使われたのでしょうか?


Shin:ギター以外の音はすべてお店で録音した音を使おうと最初から考えていました。具体的にいくつか挙げると、そばの実を挽く音にはASMR的な癒し効果を感じたので、イントロでエフェクト音的に使ってみたり、そばがきを作る時のカチャカチャカチャという音が、トラップで使われるハイハットのように聴こえたのでパーカッション的に使ってみました。



Shin:そばの生地を切る音をキックに、そばを洗う音をベースにしましたが、そういった音はサンプルのピッチを下げたり、コンプレッサーやマルチバンドイコライザーなどを使って歪ませたり、帯域を削るような形で原音を加工して作りました。アウトロの部分はわさびを擦る音を使っています。



―ほかにもたまごをかき混ぜる音などが使われているとお聞きしました。


Shin:その音に関しては録ったままの状態ですでに音がスウィングしていたので、僕の方でBPMやタイミングの調整をせずにそのまま使っているんですよ。そのスウィングしている感じが完全にダンスミュージック的で、人間が何かの動作を繰り返す時には独自のグルーヴが生まれるんだなと思いましたね。


▼Shin Sakiuraが今回録音した音源 “Sounds of WAKURI - Shin Sakiura Collection” はSoundCloud/YouTubeにて視聴できる。




SoundCloud:https://soundcloud.com/soundsgoodlabel/sets/sounds-of-wakuri-shin-sakiura


YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCfZVBAfrE2Z1W4mV4OCebHg/playlists



―今回の楽曲制作で苦労した点やこだわった点を教えて下さい。


Shin:曲の中にどこまで音楽的な要素を入れるかには頭を悩ませました。要は、音階を持っている楽器をどれだけ使うのかという話なのですが、この曲のセッションデータ自体はギターやベースの音が入っていなくても全然成り立ちます。でも、音楽的な要素があった方が当然耳には入ってきやすいので、曲が完成した今も正直、そのバランスについては悩んでいるんです。


あとは、ギターの音をかなり小さく、録音したサンプルの音は逆にかなり大きくなるようにミックスしました。そのさじ加減というか、何をメインの音として鳴らすかに関してはすごくこだわりましたね。





個人商店とアーティストのこだわりがぶつかり合って、新しいアウトプットが生まれた


―わくりさんと安藤さんは完成した楽曲を聴いていかがでしたか?


わくり:そばはスピードが命なんです。茹でた後なるべく早く仕上げて、お客さんにも出来立てを早めに召し上がってもらいたい。そういう意味で、曲中のそばをすする音からテンポアップするところはそば屋の雰囲気にもぴったりだし、爽快感があってすごく気持ち良いと思いました。


安藤:わくりさんが実際に手を動かした時に鳴る音を使って作られた曲を聴きながら食べるそばの味は、すごく美味しいと思います。あと"そば×ギター"という組み合わせも和洋折衷的で新鮮ですし、その感じが爽快感をさらに向上させているように感じますね。終始気持ちよく聴けましたし、そばをすする感じとすごく合う曲だと思いました。



―リスナーには楽曲のどういうところに注目して聴いてほしいですか?


Shin:さっき説明させてもらった部分以外にも細かい音が沢山入っているので「この音はそばを作る工程の中の何の音なんだろう?」と考えながら聴いてもらえると、よりこの曲を楽しんでもらえると思います。



―この曲を聴いたことをきっかけにわくりさんを訪れたくなった方も多いと思うので、わくりさんからもぜひメッセージをお願いします。


わくり:この曲を聴いて「これは何の音なんだろう?」と思った部分に対する答え合わせをする感じで来店していただけると嬉しいですね。音楽業界も飲食業界もコロナ禍でお互い厳しい状況にありますが、リアルのコミュニケーションは決してなくなりません。状況が落ち着いたらぜひ、当店に足を運んでいただき、リアルの音とそばを楽しんでもらえたらと思います。


―最後に、安藤さんが今回の取り組みから改めて感じた音の可能性や、今後SOUNDS GOOD®で企画していきたいことなどを教えて下さい。


安藤:今回やってみて良かったのは、個人商店のこだわっている部分が音楽にもすごく活用できることがわかったということですね。個人のお店にもコラボするアーティストにもそれぞれのこだわりがあって、そのこだわり同士がぶつかりあうことで、これまでの企業とのコラボにはなかったおもしろいアウトプットが生まれたと思っています。


個人商店からご依頼をいただくにあたりコストの面で1店舗だけだと難しい場合は、例えばその地域の複数店舗で集まってアーティストとコラボするような方法もいいかもしれません。それが実現すれば、今までは関わることが難しいと思っていた方々にも僕らの取り組みが届くようになると思いますし、今後は個人商店の方に向けたミニマムパッケージの提供など、臨機応変に対応しながら取り組みの幅を増やしていきたいですね。


***


「WAKURI on SOUNDS GOOD」という楽曲が持つ力は「聴いて心地が良い」というだけでなく、中津川、わくりという場所の雰囲気や匂い、蕎麦の味に想いを馳せ「いつか行ってみよう」という気持ちをもたらしてくれるところにあるのだと思う。


音が持つ力はまだまだ無限にある。今回の企画を通じて、“音の資産”と“アーティスト”とのかけあわせが生み出す可能性の広がりを今まで以上に感じさせられた。そして今後もSOUNDS GOOD®により、さらに多くの音の資産が未来に意味のある形で継承されていくことに期待したい。



written by Jun Fukunaga



【リリース情報】





Shin Sakiura「WAKURI on SOUNDS GOOD」


SoundCloud:https://soundcloud.com/user-307776523/wakuri-on-sounds-good?in=soundsgoodlabel/sets/collaboration-music-of-sounds&si=ff3abb5ce0b0445da3604d518340c583


YouTube:https://youtu.be/JmrhAV9e8bg



Shin Sakiura


東京を拠点に活動するプロデューサー/ギタリスト。バンド活動を経た後、2015年より個人名義でオリジナル楽曲の制作を開始。エモーショナルなギターを基としながらもHIP HOPやR&Bからインスパイアされたバウンシーなビートと、ソウル~ファンクを感じさせるムーディーなシンセ・サウンドが心地よく調和されたサウンドで注目を集め、これまでに『Mirror』(1stアルバム/2017年10月)、『Dream』(2ndアルバム/2019年1月)、『NOTE』(3rdアルバム/2020年3月)の3枚のフル・アルバムをリリースしている。また、SIRUPのライブをギタリスト/マニピュレーターとしてサポートし、SIRUPや向井太一、s**t kingz、TENDRE、KEN THE 390、みゆな、iri等の楽曲のプロデュース/ギターアレンジ/プログラミングを手掛けるなど活躍の場を広げ、アパレルブランドや企業のPV、CMへの楽曲提供も行っている。TRIGGER制作によるアニメ作品『BNA』のエンディングテーマを手掛けたことでも話題となった。

https://www.shinsakiura.net/



手打蕎麦 わくり


岐阜県の宿場町、中山道・中津川宿からすぐのところに店を構える手打蕎麦店。日本アルプスの最南端、恵那山水系(百名山)の美味しい水を使用し、地元中津川阿木産の蕎麦を毎日手打ちにて提供する。

カウンター席目前の大きな蕎麦釜で蕎麦を茹でるなど、小さい店ながら提供までの時間を五感で楽しんでもらうため様々に工夫している。地酒を中心とした店主厳選の日本酒もこだわりのひとつ。

https://www.instagram.com/teuchisoba_wakuri/



BRANDED AUDIO STORAGE『SOUNDS GOOD®︎』


音の資産で継承する。SOUNDS GOOD®は、企業の個性や象徴とも呼べる事業を、写真や映像に比べて想像を掻き立てるための「余白」がある”音の資産”として残し、様々なクリエイターたちとのコラボレーションから、その「余白」に彼らの魂を吹き込むことで、未来に意味のある形で継承していく事業です。工場の製造ラインで発生する特徴的な音や、製品使用時の音といった“ブランドを象徴する音”を企業やブランドの“音の資産”として捉え、音楽アーティストやイラストレーター、写真家などの様々なクリエイターたちとのコラボレーションから生まれるコンテンツとして提供。企業と生活者、消費者の新たな接点を生み出しています。

WEBサイト : https://soundsgoodlabel.com/


公式アカウント : 

SoundCloud https://soundcloud.com/soundsgoodlabel


YouTube https://www.youtube.com/channel/UCfZVBAfrE2Z1W4mV4OCebHg/videos


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