雨が降る月曜日。駅の改札を出、閉店の運命を辿る百貨店を横目に、筆者は駅前の表通りではなく裏手を通って会社へと出勤する。ヘッドフォンから流れているのは、3月1日にリリースされたNORIKIYO、9枚目のアルバム『平成エクスプレス』である。
『平成エクスプレス』のリリースされた3月1日。地元山梨では昭和から続き開業から65年の老舗大型百貨店が閉店するというニュースが大手ファッションメディアにも取り上げられ、ちょっとした話題になった。
玄関口である甲府駅周辺は整備され見た目には綺麗になったが、郊外への人口の流出は避けられない。郊外に作られた巨大なショッピングモールの賑わいとは裏腹に、平日の夜ともなれば街は閑散としている。
閉店してしまう百貨店はそんな状況で、いろいろと見せ方や名前を変えたり策を講じてきた。それでも次々と有力ブランドがショッピングモールへ移転し、いよいよ閉店という運びになった。移ろう時代に翻弄されてしまった格好だ。
商業規模の大小はあれど、甲府中心街において「変わらない」ことで価値を保っている店舗はたくさんある。むしろそういった店舗の価値が見直され、ショッピングモールにはない魅力を放っているのだ。
その魅力を十分に発揮していたとしても、百貨店の閉店を回避することが出来たかどうかは分からない。おそらく時間の問題だったかもしれない。しかし、変わらないものへの希少性と価値に対して魅力を感じることもまた事実だ。
最近改めて、2006年のSCARS(スカーズ)『THE ALBUM』を聴き直す機会があった。この頃のSEEDA(シーダ)を筆頭とした、ストリートの裏側を表舞台に引っ張り出した面々のスキルとエポックメイキングな作品性は、全く色あせていないことを実感したばかりだ。
SCARSが『THE ALBUM』をリリースしたその翌年、NORIKIYOはファーストアルバム『EXIT』をリリースした。『EXIT』は、怪我によって今までの生活にキリをつけたNORIKIYOがラッパーとして生きていく覚悟の一作。今までの生活からの“出口”。そんな触れ込みで、瞬く間に日本のヒップホップの不朽の名盤となった。
収録曲のなかでも、ライヴでアンセム化したNORIKIYOの相模での立ち振る舞いと流儀が詰まった「IN DA HOOD」と、BES(ベス)と共演したストリートノワール的楽曲「2 FACE」は日本のヒップホップにおけるクラシックだと個人的には思う。
自身の生活圏から紡ぎ出されるリアルな描写、ストーリーテリング、飄々とした語り口でシニカルでユーモアをたっぷり盛り込んだNORIKIYOの世界観は『EXIT』から12年経った今も変わらない。
流行に迎合してオートチューンを多用することはないし、(一曲目「Atitude」で一部確認できる程度だ)歌うようにラップするスタイルも、NORIKIYOにとっては今まで積み重ねてきた数ある表現方法のひとつでしかない。そして独特の語り口で、社会の裏側を千里眼のごとく覗きこみ、えぐり取る。キャリアの長いMCはとかく世間からの物言いが付いて回りがちだが、NORIKIYOに至ってはいつだってそのクールさをキープしている。
念のため書いておくが、オートチューンを使ったりシングラップをするアーティストを筆者は否定しているわけではない。流行り好きのミーハーな筆者としてはむしろ聴きやすくて好みだが、NORIKIYOの魅力は、変わらずにNORIKIYOのやり方で自身の音楽を形成しているところなのである。
時代に迎合して売れるアーティストもいれば、変わらないことでそのブランド価値を保ち続けているアーティストもいる。NORIKIYOに関して言えば、紛れもなく後者だろう。
『平成エクスプレス』はNORIKIYOが今という時代に対して郷愁と愛憎と皮肉を詰め込んだ作品だ。「あっという間に過ぎていった平成、時代の変わり目に、この作品を味わって頂きたい」と語る。
「神様ダイヤル」では、正義とは何かを“神様”にその存在ごと問いかける。長年親交を続け、山間に隣り合うstillichimiyaのMMMと田我流を迎えた「わ」では現代の日本社会に失われつつある、日本における“和”や“輪”の概念を歌う。
「月光」、「砂の城」では、家族や地元の旧友たちとの記憶に思いを馳せる。後半の「旧友へ」では、いわゆる“きれい事”を旧友に宛てて歌う。
変わらない美学こそ魅力だとNORIKIYOについて先述したが、それは音楽的な表現の話であって、人間的な成長や変化を指しているわけではない。ラッパーとしても成熟の時を迎えている男のリアルな金言が赤裸々に綴られている。
音楽を通してこういった言葉を聴けるのは、リスナーにとってありがたいことではないだろうか。NORIKIYOにとっては“友”でもなんでもない我々に、ぶっきらぼうではあるが等身大の言葉を投げかける。その人間臭さがNORIKIYOの持つリリシズムであり、リスナーを惹きつけるのだ。
それらの言葉が内包する社会的なメッセージはHIPHOP的でありつつ、戦後のボブ・ディランのようなアメリカンフォークや、その影響を受けたフォーク・クルセイダーズ、井上陽水、長渕剛といった哀愁漂わせるジャパニーズフォーク・ソングのような趣きを携えている。
間違いの始まりを
互いに指差しがなったって
(略)
恨むより、許せたら
せがむより、愛せたら
顕著にそれが感じられるのは上の歌詞が歌われている4曲目の「What Do You Want? 」だろう。メロディアスなストリングスとピアノのトラックに、こうありたいと願う1人の人間のシンプルな言葉をボーカル手法で表現している。
余談だが、以前ラッパーの唾奇(ツバキ)がステージ上で「音楽は人を救わない」ということを言っていたのを思い出す。筆者もまさしくその通りだと思っていて、結局アーティストの表現をどう受け取るかはアーティスト自身がコントロールできないものなのだ。だから、やりたいようにやるだけだと唾奇は言った。
NORIKIYOとは世代も違うアーティストだが、その達観した音楽観が、互いに地方のストリートを経てラップという表現方法を用いている両者に通じている気がした。
『平成エクスプレス』ではSD JUNKSTA(NORIKIYOが拠点とする神奈川相模のDJ、MC、ダンサー、グラフィティライターを擁するストリートコレクティブ、クルー)の盟友であるBRON-K(ブロン・K)が参加している。
オートチューンを使わせたら、この人以上にエモくてオリジナリティを感じさせるメロディを奏でるアーティストはいないんじゃないかと思う。2008年リリースのSCARS『NEXT EPISODE』収録のSEEDAとBRON-Kが共演した「ONE WAY LOVE」はT-PAINが「Buy U a Drunk」や「Bartender」をヒットさせていた頃、日本でいち早く全編オートチューンを取り入れ制作された楽曲だ。今回QNとともに参加した「What I Know About That」でもBRON-Kはそのスキルをいかんなく発揮している。
今でこそ、全国各地で地元をレペゼン(代表)するクルーは珍しくないが、東京以外の地域の面々がカルチャーを内包するクルーを形成し、全国的にその名を轟かしたSD JUNKSTAの存在は希有な例だった。
当時、SD JUNKSTAは相模と東京の境界線、町田で『SAG DOWN POSSE』というパーティを開催しており、そこにstillichimiya(スティルイチミヤ)やSCARSの面々を招致しライヴを行っていた。筆者も山梨から夜の中央道を走り抜け、何度か足を運んだことがある。アンダーグラウンドな雰囲気で満ちたハコのステージ上には、親交のある数え切れないアーティストがのぼり、オーディエンスを盛り上げていた。その熱狂的なライヴの様子は忘れられない。地下からオーバーグラウンドに向け突き上げる、ヒップホップのパワーを最前線で感じることができたイベントだったと記憶している。
話はそれたが今回の『平成エクスプレス』でも、「春風」でOMSB(オーエムエスビー)、「俺達の歌」ではMACCHO(マッチョ)といった神奈川のアーティストを客演に多く迎えているのも特徴だ。
神奈川以外では、山梨を代表するラップグループstillichimiyaのMMM、田我流も収録楽曲「わ」に参加。ボーナストラック「東京エクスプレス」では、今までのオーセンティックな楽曲群と一線を画し、新しい時代の幕開けを思わせる起用が耳を惹く。このトラックは熊本出身の気鋭のトラックメイカーDJ Hikari Kumamotoをピックアップしている。
前作、『馬鹿と鋏と』、1月リリースの9曲入りの作品集「O.S.D.」から地続きの作品ではあるが、『平成エクスプレス』は作品を通して、NORIKIYOが生きた平成という1つの時代を締めくくり、新しい時代へと歩を進めるポジティヴな意志を共有している。
小さな命との生活を綴った「Walk With Me」でその儚さを歌い、悪態を吐きながらも「Life is Wonderful」では、生きていること自体素晴らしいことなんじゃねえの? と前向きに生きていくことをシャウトする。
続く「俺達の歌」では、盟友MACCHOと呼応し、あらためて生きる意味と己の存在価値を説く。
生まれたこと自体に意味なんてない けどもしも欲しいんならば付けちゃいなよ
世界で今日お前はねここにしかいない そのお前の事を教えちゃくれないか?
フックのこのリリックは歌い手と聴き手、紛れもなく“俺達”の歌なのである。
斜に構えてたりグレちゃいないならお前の暖炉に薪をくべな今
ただ生まれた同じこんな時代 けど少しだけ話を聞いちゃくれないか?
綺麗事だけじゃ今日耳が痛い でも時にそれにすがりたい日もある
傷や涙の1つ2つ誰しもがその胸の奥の奥に隠しもがく
感情的なMACCHOのヴァースを越え、2人で迎える最後のフック。長年変わることなく音楽でサバイヴしてきたNORIKIYOとMACCHOから放たれる言葉だからこその説得力だ。そして「鼻歌」では飄々としたNORIKIYO節とともに靴紐を縛り直して、『平成エクスプレス』は次の目的地へと向かっていく。
目まぐるしく変わる時代の波の中で、変わろうとあがいてじたばたするよりそのままが潔い。『平成エクスプレス』を聴いていると、「時代は変わっても俺は俺だし」そんな風に思えるのだ。
冒頭に記した地方都市の過疎と衰退問題は、日本全体の縮図でもある。そのままみんな朽ちていって、土に還って、そこからまた草木が芽吹き、花が咲く。そんな無責任なディストピア的発想では、地方都市の消えゆく百貨店の閉店を避けることはできない。『平成エクスプレス』の行く着く先は、全て無くなったあとに輪廻する、時代のパワレルワールドなのかもしれない。
とめどなく流れていく時に身を委ねながら、人や世間の評価など二の次にして、自分自身の在り方を見つめ直してみるのもいいだろう。流行やトレンドなどお構いなし、希代のリリシストであり、ラッパー、そして1人の人間であるNORIKIYOが自身の魅力をパッケージングした『平成エクスプレス』に、しばし耳を傾けてみては。
NORIKIYOいわく「『馬鹿と鋏』とのツアー中だったんでもう新しいアルバムのツアーもくっつけて『馬鹿と鋏と平成エクスプレスツアー』にしちゃいます」との事で、3月24日 Cyber Box(那覇)から始まる『馬鹿と鋏と平成エクスプレスTour 19'』の開催を発表し、同ツアーには“濱の大怪獣”ことMACCHO擁するOZROSAURUSも参戦し、神奈川のO.G.の熱い共演が観られるとのこと。
ツアーファイナルとなる8月23日 (金) に川崎CLUB CITTA'にてNORIKIYOワンマンライブ公演『馬鹿と鋏と平成エクスプレス Tour Final』を開催することを合わせて発表している。年始に出した「O.S.D.」はどこ行った(笑)という声がSNS上でささやかれる中、思いついたらやっちゃうスタイルNORIKIYOならではの“らしい”展開である。
なお、『平成エクスプレス』は、購入者を対象にした、NORIKIYOワンマンライブ公演『馬鹿と鋏と平成エクスプレス Tour Final』の書道家、万美さんデザインのNORIKIYO手ぬぐい付きチケットを先行で購入出来るURLとQRコードが封入されている。
NORIKIYO渾身の『平成エクスプレス』を購入し、会場の熱気を手ぬいでぬぐって、ライブの現場で『平成エクスプレス』を体感してみてほしい。
▶NORIKIYO 9th Album「平成エクスプレス」
2019年3月1日(金)リリース
¥3,000(税抜) YRC-058
-Track List-
01 Attitude
02 As You Like...
03 神様ダイヤル
04 What Do You Want?
05 わ feat. MMM, 田我流
06 月光
07 What I Know About That feat. QN, BRON-K as 木戸新造
08 砂の城
09 春風 feat.OMSB
10 旧友へ
11 Walk Wit Me
12 Life Is Wonderful
13 俺達の唄 feat.MACCHO
14 鼻歌
( BonusTrack)Tokyo Express
▶NORIKIYO / 馬鹿と鋏と平成エクスプレス Tour 19’
◾︎ 沖縄 3/24(日) 開場18:00 終演23:00
KANAGAWA O.G. Special “ NORIKIYO × OZROSAURUS ”
場所 Cyber Box(那覇)
◾︎ 東京 4/13(土)
場所 FLAVA(町田)
◾︎ 東京 4/27(土) “Break Wall ”
場所 VUENOS(渋谷)
◾︎ 仙台 5/3(金)
場所 Space Zero
◾︎ 北海道 5/5(月) NORIKIYO × SALU
場所 Morrow Zone(札幌)
◾︎ 東京 5/12 (日) “人間交差点”
場所 お台場特設会場
◾︎ 島根 6/9 (日) “Glow In The Dark”
場所 B1(松江)
◾︎ 福岡 6/15(土) “ LEGEND’19 ”
場所 Voodoo Lounge (博多)
◾︎ 新潟 6/29(土)
場所 Golden pigs
◾︎ 大阪 7/6(土)
場所 Conpass
◾︎ 熊本 7/14(日)
場所 NAVARO
◾︎ 神奈川 8/23(金) “馬鹿と鋏と平成エクスプレス Tour 19’ Final”
場所 CLUB CITTA’(川崎)
▶『NORIKIYO / 馬鹿と鋏と平成エクスプレス Tour Final at CLUB CITTA’』
2019年8月23日(金) OPEN 18:30 / START 19:30
前売チケット:オリジナル手ぬぐい付き ¥ 4,500(消費税込み)※ドリンク代別途
オールスタンディング
主催・企画:YUKICHI RECORDS
問い合わせ:クラブチッタ:044-246-8888
※6歳以上有料、6歳未満は保護者同伴に限り入場無料。
先行チケット購入期間:2019年3月1日(金)12:00 ~ 2019年3月31日(日)23:59
【先着】※枚数制限 4枚
written by Tomohisa“Tomy”Mochizuki