世界最大のオーディオ機材展示会NAMMで最も注目されたのは間違いなくUniversal Audioの『LUNA』だろう。近年ではプラグインとDSPを主力としていた老舗が独自で開発したDAWを発表したのだ。しかも彼らのオーディオインターフェイスであるAPPOLOまたはARROWを持っていれば、無料でダウンロードすることができてしまう。
Universal Audioは近代的なレコーディング手法の礎を築いたとされるBill Putnamが1958年に創業した会社で、現在はAPPOLO・ARROWオーディオインターフェイスや数々のヴィンテージ機材を復刻したプラグイン、それらのプラグインを動作させるためのDSP(Digital signal processor)が広く知られている。つまりパソコンのCPUではなく、外部の演算装置で動作するプラグインが彼らの現在の中核となる技術だ。
DSP技術ではスタジオ標準のDAWであるAvid社のPro Toolsも有名で、同様にDSP技術を利用しており、対応プラグインであれば録音時の遅延が限りなくゼロに近い事が、今でも業界標準として利用される大きな理由となっている。
これまではDAWとしてDSPを利用していたのはPro Tools HDシステムのみ。小さく見積もっても100万円以上はするPro Tools HDシステムだが、プロフェッショナルなレコーディング用途における競合はないといっても過言ではなかった。しかし、今回同じくDSP技術を持ち、なおかつレコーディング業界における老舗中の老舗Universal AudioがDAWを発表したということは、DSP技術を有するスタジオ用DAWの第二の選択肢がでてきたと見ることも出来るのでは?ということで注目を集めている。
Universal Audioの現在の主力はミキシングコーソルの定番NEVEのマイクプリやAVALON、MANLEY、リバーブの名機LEXICONなど多くのアナログ名機のモデリングプラグインだ。全て最高品位のプロユース仕様であり、「音楽的」と評されるサウンドは業界からの信頼も厚い。これらがDSPで動作するわけだが、残念ながら通常のプラグインとは違いDSPでの処理が入るため、DAW環境との相性により高い音の遅延が発生し、機能を十分に出せないことがあった。オーディオインターフェイス・プラグイン、そしてDAWを含めた自社製の統合環境LUNA RECORDING SYSTEMがあれば、彼らのプラグインをDSP処理本来のメリットである低遅延で稼働できるようになる。おそらくはDAWごと提供することで、他社DAW上で常に語られていた問題を解決するという意図があるのだろう。
上述のとおりDSPでDAWとくればPro Toolsとの競合性が気になるところだが、実際のところLUNAの魅力は少し違うところにある。
LUNA RECORDING SYSTEMの主要な要素は以下の4点。
1. APPOLO・ARROWのオーディオインターフェイスとDSPプラグイン(低遅延)
2. NEVEの80シリーズコンソールに搭載されていた 1272サミングアンプ
3. 古き良きテープでのマルチトラックレコーディングの質感を再現する"Oxide"
4. LUNA Instrumentsと呼ばれるバーチャル・インストゥルメント
NEVEコンソールをモデリングしたミキシング部分に加え、録音部分ではOxide呼ばれる拡張機能を使用してアナログテープ録音をエミュレートできる。別売りのStuder A800 Tape Recorderというエクステンションも存在する。そしてUniversal Audio初の楽器のモデルソフトが開発・実装される。別売りだがMoog Minimoog、Steinway Model B Grand Pianoと、まさにUniversal Audioが得意そうなライン。他にもSpitfire AudioやOrange Tree Samples、Loops de la Cremeなどのサンプルライブラリーメーカーと協業で提供される音源が使用可能だ。ここに、同社がこれまでに培ってきたレジェンド機材を再現したプラグインが加わる。
これに加えDSPによる限りなくゼロレイテンシーに近いレコーディングが出来るという事実は多くの一般的なDAWに差をつけうる要素だが、Pro Toolsや汎用的なDAWと異なり、すべてがアナログ的質感のサウンドを目指して作られている。とくに録音媒体やサミングに関しては、これまでもプラグインのインサートでの再現はあったが、DAW自体の振る舞いが変わらない限り本格的に再現したとは言えない部分だったので、今回の再現については少し意味が違う。DAWでのレコーディング後、たいていの場合はアナログ機材や、エミュレーターなどでクリーンすぎるサウンドにアナログの音楽的な質感を追加していく。であれば本物のアナログレコーディングをそのまま再現してしまえ!と言わんばかりの老舗Universal Audioの本気を感じさせる仕様であり、これまでの同社製プラグイン同様、音楽的なフィールであることにこだわりぬいた一切ブレのない超個性的DAWとなっている。
今のところはかなりレコーディングよりな仕様なので、温かみや一体感ある音楽的な質感を求めるバンド物や、ソウル・ジャズなどの60~70年代的サウンドには完璧にハマりそう。
バーチャル・インストゥルメントも扱え、上述のとおりサミングアンプなどでアナログな質感が加えられるので、ローファイ系サウンドや、ニューソウルなどの打ち込みで作ったトラックをミキシングするために利用するのもありだろう。
気になるのはMac版のみのリリースとなるところで、この点については多くのユーザーがSNSなどで残念コメントを残している。追ってWIN版が出るようなので、WINユーザーは気を落とさずに待っていてほしい。
また、現状では他社製のVSTプラグインの利用については言及されておらず、実際の使用に向けては気になる部分だ。
とはいえソフトは無料だし、これを機に気になっていたAPPOLO / ARROWを購入する自分への口実になるし、細かい部分は気にならないくらい、久々の注目のDAW新製品といえそうだ。ダウンロード開始は今春予定。
written by Yui Tamura
source:
https://www.uaudio.com/luna#
https://www.pro-tools-expert.com/production-expert-1/2020/1/16/universal-audio-announce-their-new-luna-recording-system
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https://www.uaudio.com