ここ数年、従来のTrap、Dubstep、Drum n’ bass、Grimeから派生し、Bass Musicと呼ばれるジャンルは一段と多様になった。インターネットと親和性の高いデジタルサウンドジャンル“Future Bass”は日本においても表舞台に躍り出ることが多くなり、メインストリームになりつつある。
中田ヤスタカがプロデュースするPerfume(パフューム)、block.fm局長☆Taku Takahashiが手がけるm-floは世界のトレンドとなんら時差なく、Future Bassサウンドを巧みに取り入れオリジナルに昇華している(時差がないというか両者はすでに先を行ってるから海外でもプロップスを獲得しているのだと個人的には思う)。最近ではディーン・フジオカがUKで盛り上がるBass Musicのサブジャンル「Wave」をJ-POPとして取り入れた楽曲を発表し話題を呼んだ。
参考記事:ディーン・フジオカが最新曲「Echo」で注目の音楽ジャンル「Wave」をJ-POP化。でも「Wave」ってどんな音楽なの?
さまざまなサブジャンルがあるなかで、個人的にお気に入りなのがここ2、3年で盛り上がる「Kawaii Bass」と呼ばれるベッドルームミュージック。Waveも同様、ベッドルームミュージックと呼ばれるが、当然、あのようなシロモノを寝る前に聴くわけではない。クラブに行くことがない、行ったことがないサウンドクリエイターが寝室(ベッドルーム)で制作することからそう呼ばれているのだ。
結果的にはベッドルームミュージックを手がけるトラックメイカーが、クラブに引っ張り出され、ツアーを回るまでの地位を獲得したわけだが、あくまでクラブで鳴らすことを目的とせず発表の場はSound Cloudを始めとするデジタルストリーミングプラットフォームなのである。
話を戻すと「Kawaii Bass」はつまりそのまま“Kawaii”系のFuture Bassのことを指す。TrapやBrostep、Drum’n Bassのビートを基軸とした形態に、8bitサウンドやVapor Waveで用いられるレトロフューチャリスティックでWavyなシンセ、甘くポップな音色を取り入れている。女性ボーカルが乗っかったかわいらしい歌声も特徴的。
ニュージャージー発祥のサブジャンルJursey Clubから世界中のベッドルームに広がった“キコキコ”サウンドが使われることも多い。このKawaii Bassを海外の視点からあらためて特集する記事をデジタルミュージック販売サイトbandcampが掲載していた。
記事では、冒頭、“Cute”を意味する一般的な“カワイイ”とジャンルとしての“Kawaii”は一線を画すということから始まり、その定義の再解釈を試みている。アニメキャラクターやファッションを意味する言語、タグとして輸出され世界中で広がっていることとその影響、さらに踏み込み、海外で“Kawaii”が“Cute”として用いられるようになったルーツにまで言及されている。
そして日本原産の「Kawaii Bass」のパイオニアであり立役者、Snail’s House(スネイルズハウス)、Ujico(ウジコ)として活動するプロデューサー/トラックメイカー氏家慶太郎や、Yunomi(ユノミ)、Aiobahn(アイオバーン)として活躍する韓国のKim Min-Hyuk(キム・ミンヒュク)らのインタビューを基に、“Kawaii”とされている音楽は甘めのメロディとサウンド、ボーカル、アニメを用いたアートワークでそれらが「Kawaii Bass」と定義づけることは単純にはできないと論じる。そもそも、「Kawaii Bass」と呼ばれることすら、アーティストたちからすると本意ではないのだ。
「海外(のアーティストの楽曲)で“Kawaii”とタグ付けされている音楽を聞くとき、聴くのが苦痛だと感じることがある。なぜなら、それらは“Kawaii”であろうということにあまりにも意識的過ぎるんだよ」
韓国のAiobahnはインタビューの中で言う。そう語る彼らの楽曲は“Kawaii”としながらもカワイイだけじゃない。歪んだノイズや、ハードなキックも満載なのだ。“Kawaii”という冠が付かなくても、Bass Musicとしてのクオリティが担保されている。そこが肝なのだ。
Band Campはこれをポジティヴに“グロテスクな音楽”と表現している。既存に輸出されてきた“Kawaii”という日本発祥のタグ。その概念を覆すのがKawaii Bassシーンを牽引するアーティストたちである。その楽曲にぜひ耳を向けてみてほしい。
まずは筆者イチオシのYunomi。代表曲であるnicamoq(にかもきゅ)ボーカルの「サ・ク・ラ・サ・ク」、TORIENA(トリエナ)とコラボした「大江戸コントローラー」はKawaii Bassにハマるきっかけを与えてくれた楽曲だ。Skrillex(スクリレックス)を始めとしたEDMアーティストとともに、Cupsule(カプセル)の中田ヤスタカのサウンドに影響を受けているという。YunomiはFuture Bassと和楽器を取り入れたnicamoqと苺りなはむによるアイドルユニットBPM15Q(ビーピーエムイチゴーキュー )のサウンドプロデュースなどを手がけた。
※nicamoqが2016年にBPM15Qを脱退、現在メンバーを増員してCY8ER(サイバー)として活動している。
もともとYunomiと同じ札幌市出身のnicamoqとともに活動していたユニット名が“Yunomi”だったそうな。2017年Kawaii BassアーティストYUC’e(ユーシエ)とともに未来茶レコードを設立し、nicamoqをフィーチャリングアーティストに迎えた初のアルバム『ゆのもきゅ』をリリース。三味線や和楽器にインスパイアされたメロディラインが特徴。日本独自の奥ゆかしくてほんのりミステリアスな“Kawaii”エッセンスが詰まった作品だ。歌詞の世界観やストーリーも面白い。
作詞からトラックメイキング、ボーカルまでひとりで手がける女性プロデューサーのYUC’eは2017年にYunomiと未来茶レコードを共同設立した。東京を拠点とし、2016年リリースされた『Future Candy』の国内外の注目を集めた。
Drum’n BassやFuture Bassを軸としながら、J-POPにも通じるキャッチーなボーカルがウリ。とはいえビルドアップからのドロップはGritch Hopさながら凶悪な低音が鳴り響き、骨太なBass Musicを感じさせる。
未来茶レコードからリリースされた『Future Cake』は『Future Candy』の続編的な立ち位置の作品としながらも、ニュージャックスイングのリブート、キラキラ系のダンスポップなアプローチをするなど幅広いジャンルと音楽性を取り込んだ意欲作となっている。
ちなみに、YUC’eはm-floのリミックス集『BACK2THEFUTUREALBUM』に収録された「the Love Bug」のRemixも手がけた。
プロデューサー/トラックメイカー、氏家慶太郎のプロジェクトである。彼が手がけた2016年の「ラ・ム・ネ」もまた、筆者をKawaii Bassに引き込んだ1曲だ。曲作りのルーツはニンテンドーDS用の音楽制作ソフトということも関係しているのか、レトロゲームの音色を多用しているのが特徴。メロディラインはどこか日本の情景を想像させなんだかとってもエモな気持ちにさせてくれる。
bandcampのインタビューによればSnail’s HouseはUjico*名義以外でのキュートな音楽を作る場所だと語る。2016年からリリースされている『Ordinaly Songs(日常的音楽)』シリーズはそのままアーティストの大きなひとつの方向性、コンセプトなのかもしれない。
2018年3月リリースの『Snö』、7月リリースの『L'été』では、より日常の空気感がパッケージされている印象を受ける。ローピッチでチルアウトな楽曲に雨の音、踏み切り、生活音がところどころに取り入れられている。レトロフューチャリスティックなサウンドと、ピアノやギターの生音を合わせた叙情的な世界観がUjico/Snail’s Houseオリジナルの“Kawaii Bass”なのだ。ジャンルの提唱人としてその存在が認知されているアーティストだけに、さらなる新機軸を打ちだし、その音楽性を拡張している。Spotifyにおいて2018年上半期、海外でもっとも再生された日本人アーティストトップ10にランクインし、NHKで紹介された。
Spotifyの2018上半期において海外で最も再生された日本人アーティストトップ10の9位にランクインしてたのでNHKで紹介されたっぽいです🥳
— Ujico*/Snail’s House (@loudnessfete) 2018年7月2日
ありがとうございます~ pic.twitter.com/W3rTLfFf1H
2015年にblock.fmでは川村由紀(カワムラユキ)として作詞家&作家としても活動中、ウォームアップバーしぶや花魁代表、Venus Kawamura Yukiのプログラム「shibuya OIRAN warm up Radio」でUjico*/Snail’s Houseを迎え紹介している。このときまだ彼は18歳だった。2018年でも21歳。映画音楽やゲーム音楽として、今すぐにでも大作に起用されそうな(もう実はされてる? )楽曲のクオリティをぜひ体感してほしい。天才だよほんとに。
韓国のサウンドプロデューサー/トラックメイカー。彼もまた次世代を担う若手のFuture Bassアーティストである。たびたびYunomiとコラボし、2016年は「銀河鉄道のペンギン」、2017年のYunomiのアルバム『ゆのもきゅ』では「枕元にゴースト」でコラボレーションしている。また、日本のシンガー Anntenna Girl(アンテナガール)ともコラボし「夏の真夜中」をリリース。和楽器系のサウンドを巧みに操る。
bandcampのインタビューではSwedish House Mafia(スウェディッシュ・ハウス・マフィア)を始めとし、周辺のアーティストやFuture House、90年代のJ-POPに影響を受けていると話す。楽曲からもHouse色やディスコ色が強いものもあることから、その影響がうかがえる。
韓国のアーティストでありながら、日本語の女性ボーカルが乗っているということだけで海外のメディアで紹介されることもあるというが、Aiobahn自身は韓国のFuture Houseシーンの未来続けたいとbandcampに語っている。
2018年8月にはVin(ヴィン)とともに「If We Never」をリリースしたばかり。Houseのグルーヴ感、軽妙なキック、ノイズがかったボーカルが気持ちのいい楽曲だ。得意の和楽器サウンドも健在。
Kawaii Bassを聴く上でハズせない4組のアーティストを紹介した。Future Bass特有のファットな低音に加え、Kawaii Bassはどこか日本の情緒あふれる“ワビサビ”を感じられるのも素敵なのである。レトロゲームや日常系アニメに魅力を感じる人なら、この懐かしくも新しいKawaii Bassの世界観にきっとハマるはず。Cashmere Cat(カシミアキャット)やLido(リド)などのFuture Bass系アーティストが好きならぜひチェックしてみてほしい。
日本のアーティストがジャンルのコアを担っているだけあって、検索すればいくつも特集記事を見つけられる。まだ聴いたことがないという人にも手を出しやすいはずだ。本稿はその入門編として参照してもらえれば幸いである。むしろ筆者も音楽を楽しみながら勉強中だ。
また機会があれば(記事がたくさんの人に読まれれば笑)好きなKawaii Bassアーティストを紹介したいと思う。
written by Tomohisa“Tomy”Mochizuki
source:https://daily.bandcamp.com/2018/03/23/kawaii-japanese-electronic-feature/
https://www.lafary.net/english/8144/
https://www.billboard.com/articles/news/dance/7534119/cute-songs-list-best-of-all-time-love
photo:Yunomi Twitter