ラッパーはいつスーパーサイヤ人になるのか? XXXTentacionからThe Weekndまで

HIP HOPに度々登場するドラゴンボール関連のキーワードたち。今回はスーパーサイヤ人に絞って考察!
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2018.09.07 09:00

今となってはHIP HOPに大人気のドラゴンボール。鳥山明さんによって描かれたこの漫画は1989年に日本でアニメが公開され、現在に至るまで世界中で愛されている大ヒット作品だ。2002年の時点で現在の日本人口を上回る1億2600万冊(単行本)を売り上げている。


主人公の孫悟空を中心に繰り広げられるこの物語は、視聴者に勇気を与え若い世代を中心に熱狂された。スターウォーズが築き上げた1つの時代とバトンタッチするようにToonami(1997年からスタートした米アニメと日アニメの放送枠)で1998年から放送が開始されたドラゴンボールは、海を超えたアメリカ大陸で新たな文化を作り上げることとなる。


ラッパーたちの憧れ「スーパーサイヤ人」



このアニメを見て育った世代が今のHIP HOPシーンで活躍する若いアーティストの中心だ。現実離れしたストーリーは、同じく現実離れしているラッパーの生活スタイルに見事にマッチし、HIP HOPにより深みをもたらしている。今回はその中から「スーパーサイヤ人」に注目して考察したい。


スーパーサイヤ人とは、孫悟空を含む戦闘民族サイヤ人の血を持つものだけができるトランスフォームのことである。この変身は髪が金色になる外見的変化と共に、戦闘力が大幅に上昇し、幾度となく仲間のピンチを救ってきた。初めてテレビの前でスーパーサイヤ人を見た時を覚えているだろうか? 鳥肌が立ち、画面に向かい叫んでいたことだろう。


圧倒的人気を誇る黄金の戦士



(Genius 「A Look At Hip-Hop’s Love For ‘Dragon Ball’」参照)

Geniusが紹介する通り、2010年代に入り急激に歌詞への登場が増えたドラゴンボール関連のワードたち。主人公のGoku、そのライバルのVegetaが頻出ワードであるのは納得できるが、圧倒的差をつけてSuper Saiyan(スーパーサイヤ人)が多く登場している。解説動画によると、このワードが出てくる場面として、「自分自身の変化」や「スキルの証明」などに使われることが多いという。しかし、それだけではなぜGokuやVegetaの倍以上使われているかが説明できない。なぜここまでして「スーパーサイヤ人」という言葉だけが、広く使われるのか。ドラゴンボールが生み出した「スーパーサイヤ人」という独特の価値観は、その複雑性から多くの意味を含んでいる。


パワーアップ、変化としてのスーパーサイヤ人


これが最も多く現れる使い方だろう。例とともに考えていきたい。


Full Kai, Super Sainan on these ni@@as

 by Joey Bada$$ & XXXTentacion「King's Dead (Freestyle)」


Jay RockのKing's Deadをビートジャックしたフリースタイルバージョンから、XXXTentacionのバースである。kaiとは界王拳のことであり、スーパーサイヤ人登場以前はこれが孫悟空の最終奥義であった。界王拳、スーパーサイヤ人と順にリリックに登場させることで、段階的に、そして爆発的に自分自身が変化していく過程に注目させている。ちなみにXXXTentacionは大のアニメ好きとしても知られており、Youtube上ではスーパーサイヤ人に変身する姿が確認されている。


 

I hit the booth and I just went Super Saiyan
by Big Sean 「Paradise」


Big Seanはスタジオに行った際、スーパーサイヤ人になったとラップした。「変化」がキーであるスーパーサイヤ人を使うことで、彼自身が1つギアをあげたことが想像できる。1000人に1人にしかなれないと言われているスーパーサイヤ人(現在では多くのキャラクターがなっているが)だけあって、自信の類いまれなるスキルの高さも同時に表現しているのだろう。ブルックリン出身のJoey Bada$$も「Catharsis」で同じような表現をしている。


Super Saiyan whenever the loops be playing


ループが聴こえればいつでもスーパーサイヤ人だ。そうラップしているJoeyだが、これは上記2つと少しだけ違うところがある。本来スーパーサイヤ人になるには相当の修行が必要なのだが、ドラゴンボールもフリーザ編が終わると孫悟空を中心とする主要メンバーはいつでも変身できるようになった。おそらくJoeyはこの部分に自分を重ね合わせ、磨き上げた自身のスキルを誇示しているようにも汲み取れる(つまりいつでも自分のベストを出せるということ)。XXXTentacionがフリーザ編の孫悟空なら、Joey Bada$$はセル編の孫悟飯だろう。


自分自身の生活と重ね合わせたBig Lenbo




Big Lenboという名前はあまり馴染みがないかもしれない。Logicのファンの方はご存知だろうが、彼なしにはLogicの成功はありえなかった。まずは歌詞をみてみよう。


I went from surveyin' to Super Saiyan slayin' the man

by Logic ft. Big Lembo 「Young Jesus」


Big LenboがHipHopというゲームに参加してから、ここまでの道のりが1行に詰まっている。まずは前半部分「測量士から上がってきた」という部分だが、Big Lenboは音楽だけで食べていくことができず、国のために測量士として働いていた過去がある。そしてLogicは家がなかった頃、Big Lenboの家の地下に住ませてもらっていた。仕事もせず音楽にだけ打ち込んでいたLogicに、Big Lenboの両親は1年という有効期限付きで貸してあげたのだと言う。そこから這い上がったことについてLogicはこう語っている。


「ほとんど1年が経とうとしてた時だよ。俺はDef Jamと契約して、Lenny(Big Lenbo)は12年続けていた測量士の仕事を辞めたんだ。そっからLAに移ってアルバム制作に取り掛かったよ」


人生が変わる瞬間は、一瞬なんだと気づかされる。ナメック星のフリーザは絶望そのものであった。1年という限られた期間は崩壊していくナメック星、光を見ることなく活動を続けていた彼らの苦悩はフリーザであったに違いない。スーパーサイヤ人になれた喜びを噛み締めていることだろう。


Lil Uzi Vertのスーパーサイヤ人トランクスが表すものとは?




ミックステープには「Super Saiyan」として収録されたが、リリースされた当時は「Super Saiyan Trunks」という名前であった同曲。トランクスとはサイヤ人の王子ベジータとブルマの間から生まれたサイヤ人と地球人の混血の子供で、ストーリーでは未来から来た少年という設定の元、セル編以降の鍵を握る人物である。Lil Uzi Vertはなぜトランクスをタイトルに付けたのだろうか? 単に好きだから? 例えそうだとしても少し考えてみる価値はありそうだ。


2018年からLil Uzi Vertの登場を振り返るとちょうど時代の変わり目だったように感じる。今やマンブルラッパーの代表格としてシーンでも強い影響力を持つUziだが、物語の軸を変更したキーパーソンとして、トランクスを自分自身と重ね合わせていたのかもしれない。フリーザ編が完全に終了したと思った直後、再度復活したフリーザとその父親の前に突如現れた新キャラクターはドラゴンボールを新たな章へ突き出した。HipHopにドラゴンボールに写した時に、適切なのはトランクスしかいない。


Youtubeのコメントにあったこの考えも面白い。父親であるベジータはトランクスがスーパーサイヤ人になった時に心底驚いていた。もちろんなれるわけがないと思っていたからである(そのとき生まれた言葉が「まるでスーパーサイヤ人のバーゲンセールだな」という言葉)。誰もなれるわけがないと思っていたが成し遂げた、HipHopではある種お決まりのフレーズであるが、トランクスを使うことでここまで広がりを見せている。


Mykki Blancoから見たスーパーサイヤ人



I'm bionic not ironic Super Saiyan supersonic

by Charli XCX ft. Dorian Electra & Mykki Blanco 「Femmebot」


トランスジェンダーのラッパーとして、HIP HOPに新たな一面を作り出しているMykki Blanco。Charli XCXのアルバムに参加した時にスーパーサイヤ人について歌っている。


「私は超人的だ、皮肉じゃない。スーパーサイヤ人、超音速」


といったマンブルラップっぽい表現だが、実は4つの単語が複雑に絡み合っている。bionicは超人的と言う意味で訳したがサイボーグという意味で使われる。マイノリティーとしての自分の性質をbionicという単語で表現しつつ、肯定を込めてnot ironic(皮肉じゃない)とライムした。super saiyanはbionicから個性的という意味で使われているが、ドラゴンボールに出てくる人造人間も想起することができる。supersonic(超音速)はスーパーサイヤ人が超音速で移動できることに掛けつつ、Christina Aguileraの「Bionic」のコーラスから「Bionic, take ya supersonic eh」も引用しており、かなり高度だ。スーパーサイヤ人を使用することでリリックに宇宙が誕生したいい例である。


キーワードは「S」



とりあえずリリックを3つほど引用する。


Super Saiyan with ruthless slayings

by Earl sweatshirt「Kill」


I be Super Saiyan shit on a ProTools when they Goku

by Wale「Walk 'N Live」


Smoking on that strong, strong Like a Super Saiyan, saying

by Danny Brown「Way Up Here」


この3つに加えBig LenboとMykki Blancoも該当するのだがお気づきだろうか? 「S」である。Super SaiyanとダブルSを使っていることで他のSから始まる単語とものすごく相性がいいのだ。特に元々「殺す」という意味で使われていたSlay(今ではかっこいいという意のスラング)と抜群に相性が良い。Danny Brownはその点を上手く利用し何どもSで合わせている。Saiyanとの同音語が英単語には少ないため、語尾でライムしにくいのも理由の1つかもしれない。


ちょっと待って! 本当にドラゴンボール見てた? 


本来ならここで結論に入るところなのですが、調べていると何やら怪しいリリックがありましたので2つほどピックアップ致しました。ネチネチした文章になるのでご了承ください。まずはThe Weekndから。


And my hair be growing like a fuckin' saiyan

by Mike Will Made It ft. The Weeknd

自身の成長につれて髪もサイヤ人のように伸びていくというラインなのだが超特大の矛盾が起きている。なぜならサイヤ人は髪が伸びないからだ。おそらくThe Weekndはスーパーサイヤ人3のことを指して、髪が伸びていることを表現したいのだろうが、あれは一瞬の出来事で段階的に髪が伸びていくのを表現するには適切とは言い難い。fuckin' saiyanではなくsuper saiyanならまだ理解はできた。



そしてひどいのは次だ。


I'm going super saiyan. yes I'm entering' the mode (Hadouken)
Like Goku I'm boastful I'm so anti-social

by G Eazy「Nothing Wrong」


1行目。スーパーサイヤ人についてラップしていながら、使っているサンプリングはストリートファイターの波動拳だ。

2行目。孫悟空と重ね合わせ、自分自身を自画自賛し、反社会的だと語っている。

さて、孫悟空は自慢げだろうか? 反社会的だろうか? もちろん比喩なのはわかっているが、なぜ孫悟空ではなくベジータを使わなかったのだろうか? なぜ波動拳ではなくかめはめ波のサンプリングを使わなかったのだろうか? G Eazyはドラゴンボールを全部見たことはあるのだろうか? 質問タイムを終了させていただく。
多くの意味を含んでいるみんなのヒーロー「スーパーサイヤ人」


多感な幼少時代、初めてスーパーサイヤ人を見たとき何を思うだろうか? ある少年はかっこよさ、そして圧倒的強さに憧れるかもしれない。ある内気な少女は金色の夢に希望を抱くかもしれない。ある少年はスーパーサイヤ人を目指して今も努力しているかもしれない。様々なバックグラウンドで育ちながらも、ドラゴンボールという共通点を経て世に出てきたアーティストたちは、たった1つのスーパーサイヤ人という言葉でさえ違って捉えている。今後リリックでスーパーサイヤ人が出てきたら、「またか」と流すのではなく、すこし立ち止まって考えてみるとHIP HOPがより面白くなることだろう。


written by Yoshito Takahashi


source:

https://youtu.be/41zctFibZnU

http://www.toei-anim.co.jp/ptr/dragonball/z/index.html 

https://www.inverse.com/article/5753-dragon-ball-super-rap-music 

https://www.dailydot.com/parsec/hip-hop-artists-dragon-ball-z/ 

http://www.mtv.com/news/1984930/logic-under-pressure-album-cover/ 


photo: Genius Youtube


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