コスプレイヤー視点でGoTの服を考える:丸屋九兵衛の七王国まで何マイル? 〜ゲーム・オブ・スローンズの歴史学〜 第8回

bmr編集長、丸屋九兵衛氏が『GoT』を鋭く考察する好評連載、第八章。今回のテーマはGoTのファッション?
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2018.12.25 23:00

映画『シン・ゴジラ』がTVで放映されるたびに、ツイッターのトレンドワードになる「ZARA」。今回は、そんなZARAの話題で始めよう。


昨今のアパレルには、股間が開かないボトム類が多い。遺憾である。


先日、わたしが買ったZARAパンツ——それはアメリカ語でいうパンツ(ズボン)であって、UK語でいうパンツ(下着、ホンマにパンツ)ではない——も同様。股間にチャックがない「密閉型」だったのだ。


しかし! ここで読者諸氏が忘れてはならないのは、10代の頃からコスプレイヤーだったわたしにとって、衣服の改造は日常茶飯事である!という事実。


そこで! 股間部分の布を切り裂いて開口部を作った。それからボタンなりチャックなりをつけよう!と思って……ふと『ゲーム・オブ・スローンズ』(通称GoT)の事を考えた。


GoT世界の衣服にはボタンがないのだ。もちろんチャックも。


というわけで本連載は、髪型はジョン・スノウで髭はカール・ドロゴ、性的傾向はオベリン・マーテルで知的傾向はリトルフィンガーな丸屋九兵衛がお届けする『ゲーム・オブ・スローンズ』コラムである。


■「最終章」写真挿入


読者諸氏はアル・ヤンコヴィック("Weird Al" Yankovic)というアーティストをご存じだろうか?


クイーンの名曲「地獄へ道づれ」こと“Another One Bites the Dust ”を元にロサンゼルスあたりの路線バスの混雑状況を歌う「遅刻へ道づれ」こと“"Another One Rides the Bus”を皮切りに、マイケル・ジャクソン“Beat It”をひねった“Eat It”、カミリオネアの“Ridin'”を笑い倒した“White & Nerdy”など、傑作パロディ・ソングを連発してきた、その筋の大家である。


ここで注目したいのは、そんな彼がクーリオの“Gangsta's Paradise”を元にラップした“Amish Paradise”だ。



アーミッシュとは


アメリカ合衆国ペンシルヴェイニア州を中心に住む、ドイツ語圏移民による宗教/文化集団だ。アメリカに移住した18世紀当時の生活様式を守っていることで知られる。外界、つまり一般のアメリカ社会とはほぼ交流せず、テクノロジーを拒絶し、近代以前の技術のみを使った農耕や牧畜で自給自足しているのだ。その日常生活では、近代以前の伝統的な技術しか使わない。もちろん、家に電話などない。そもそも電気がない。

■アーミッシュ写真挿入


そんな「キープ・イット・トラディショナル」を貫く彼らの服装で興味深いのは——コミュニティごとの差異はあるようだが——ボタンも禁止!ということ。


その代わりにホックを使うのだ。

■アーミッシュ2写真挿入


つい「その代わり」と書いてしまったが、これは「服にはボタンがついていて当然」な社会の出身者による自文化中心的(ethnocentrism)な傲慢発言と見なされてもやむなし、だろう


なぜなら……伝統主義者のアーミッシュの皆さんがボタンを使わずホックがOKということは、むしろ「ホックに代わる服飾の留め具としてボタンが出現した」と推測できるからだ。


出現の古い方から、ホック→ボタン→チャック(ジッパー)ではないか。


そして。GoTのキャラクターたちが着る服にも、ホックやヒモはあれどボタンは付いていない。これも、現実の世界の服飾史を研究・反映したものだろう。


ジョフリー(Joffrey Baratheon)の豪華絢爛な詰襟服も。




タイウィン(Tywin Lannister)の「王の手」レザーコートも、ティリオン(Tyrion Lannister)の参謀チョッキ(?)も。


■タイウィン写真挿入


いつ見ても「革ジャン」「ライダーズジャケット」と呼びたくなる、妙に現代的なスタイルばかりのジェイミー(Jaime Lannister)の服ですら、よく見るとホックと小型ベルトだらけである。■ジェイミー写真挿入


その時代、その場所に存在するはずがないものが作品内に登場することを「アナクロニズム」と呼ぶ。そのアナクロニズムをわたしが嫌うのは、それが興を削ぐからだ。


例えば映画『ウォークラフト』。■ウォークラフト写真挿入


わたしはダンカン・ジョーンズのことは好きだが、彼が監督した『ウォークラフト』は……全体としては面白いのに、途中から銃が登場するのだよ。つまり、火薬がすでに存在するようなのだ、せっかくの「剣と魔法の世界」なのに。


それも、現実世界で近代以前から使われていた大砲ではなく……火縄式ライフルでもなく……片手で扱える拳銃なのである。


敵との技術格差があり過ぎだし、新兵器導入にあたっての説明も前置きもない(←この辺りは記憶に頼っている、すまん)。だから、「長篠の戦い」で知恵を絞って火縄銃の「三段撃ち」を駆使し武田軍を撃破した織田信長!みたいなカタルシスもない。


これを、「架空の世界やし、まあエエやん」で済ませるつもりはないのだ、わたしは。ファンタジー/SFファンなればこそ。


アナクロニズムは興を削ぐだけでなく、その時代、その土地の人々がどのように感じ、暮らしていたかを見えにくくする。視聴者がその作品世界に没入することを妨げるのだ。


つまり、オーディエンスが感情移入できる物語を作るには世界設定を徹底することが肝心、ということ。それが架空の世界ならなおさらだ。


世界設定の徹底。わたしがGoTを愛する理由の一つが、まさにそれだ。


ここまで書いてきたように、彼らの服にはボタンがない。


実は、GoT世界にはハサミもない。正確に言うと、握りバサミ(糸切りはさみ)はあるが、洋バサミがない。


もちろん火薬もなく、大量破壊兵器もない……まあ、それに相当する別のものはあるけど。





▷『ゲーム・オブ・スローンズ』視聴はこちら

https://warnerbros.co.jp/tv/gameofthrones

https://www.happyon.jp/game-of-thrones

https://www.star-ch.jp/drama/gameofthrones

https://www.amazon.co.jp/dp/B017S14BBW/ref=cm_sw_r_cp_ep_dp_WGxuBb34GA673


【七王国まで何マイル?連載シリーズ】


第1回:七王国まで何マイル? 〜ゲーム・オブ・スローンズの歴史学 chapter-1

第2回:七王国まで何マイル? 〜ゲーム・オブ・スローンズの歴史学 chapter-2

第3回:七王国まで何マイル? 〜ゲーム・オブ・スローンズの歴史学 chapter-3

第4回:七王国まで何マイル? 〜ゲーム・オブ・スローンズの歴史学 chapter-4

第5回:ホワイトウォーカーとワイトの違いって何? GoTビーストを一挙総括

第6回:ジョフリーの剣に込められたGoTファンタジーの意外な流儀とは?

第7回:衝撃の「別惑星」説! なぜGoTはファン心理をくすぐるのか

第8回:コスプレイヤー視点でGoTの服を考える

第9回:ミリオタが「ゲーム・オブ・スローンズ」の”長槍愛”を語る 

第10回:GOTが「熱くなる瞬間」は何時?

第11回:あなたの大剣度は?ゲームオブスローンズの武器のチートシート

第12回:ゲームオブスローンズのドラゴンが一瞬で好きになる、見分け方とは?

第13回:GOTの大いなる伏線! スタークとダイアウルフで分かる重要設定とは?

第14回:スターク家の後継者はサンサかジョン・スノウか?GoTの王位継承制度とは





written by 丸屋九兵衛( @QB_MARUYA ) 


photo:YouTube, Amazon


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