今年1月、中国当局による国内のヒップホップ規制問題は世界中で報道され、ここ日本でも大きな話題となっていた。
その規制では、例えば、ラッパーだけでなく「タトゥーがある芸能人やサブカルは低俗で悪趣味」とのお達しが出たことにより、メディアに出演したラッパーたちのシーンがカットされたり、モザイクがかけられるなど、中国でのヒップホップ元年と呼ばれた2017年からのヒップホップブームに水を差すなどという意見も見られれた。そのため、実際のところ、それ以降、中国ヒップホップシーンはそのまま姿を消してしまったのか? という疑問を持っていた人もいることだろう。
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しかし、その疑問はどうやら勝手な杞憂のようで、現在も中国ではヒップホップはどうやら人気のようで、それを証明するのが、昨年のヒップホップブームのきっかけを作ったMCバトル番組の『中国有嘻哈(The Rap of China)』の復活だろう。
同番組は先述のヒップホップ規制により、すでに決定していたシーズン2制作が一旦白紙となったが、今年5月頃に復活するという発表があり、現地でも注目を集めていたようだ。その理由として挙げられるのがシーズン1でも番組の審査員を務めていた元K-POPアイドルグループ「EXO」メンバーで現在は、ソロアーティストとして活動するKris Wuのシーズン2での再起用などなのだが、今、世界中で大人気のヒップホップグループのMigosが審査員として参加すると報じられたことも注目を集めた理由のひとつだと思われる。
そして、先月7月14日、番組名の英文タイトルは以前と変わらず"Rap Of China"のままだったものの、中国語タイトルは『中国有嘻哈』から『中国新说唱』にリニューアル。再スタートを切ったシーズン2では、中国本土以外にもLA、メルボルン、クアラルンプールでも出演ラッパーたちのオーディションが行われるなどその裾野を広げた。ちなみにRadichinaによると、オーディション参加人数は1万725人だそうで、これは昨年が778人だったことを考えると、オーディションの機会が海外在住の中国系の若者たちにも与えられたとはいえ、いかに同番組が影響力を持っていたのかがよく分かる数字だ。
また中国ヒップホップについての投稿を行っているTwitterユーザーの@reiko_soudaによると、今シーズンの視聴者数は、オンタイムで6000万人とのこと。正直、13億人超の人口を抱える中国からしたらこの数字が多いのか少ないのかは、一見しただけではよくわからないが、「アメリカのTVドラマ・リアリティーショウのトップが1100万人ほど」とのことなので、桁違いの人気だということがわかる。そして、シーズン2は、「前シーズンは30億人の視聴者数を記録したことで初の黒字化した配信サービスのため、ビジネス面での期待も大きく、以前と比べても今シーズンへの力の入れようが違う。付随するコンテンツもおもしろい」とのこと。
それと先述の”国からの低俗な文化・タトゥーはダメ”というお達し対策も今回は行なっているらしく、「番組最初に清華大学の学生(世界30位)とUCLAの学生のラッパーを登場させ高尚さを醸し出し、タトゥーはドーランで消すなどお国対策」も行なっているそうだ。ただ、こういったエンタメに特化したセルアウトした内容には少なからず批判的な声もあるそうだが、@reiko_soudaは、「そもそもこの番組は、当初から中国文化・チャイニーズテイストを国外に発信することを目的としたものでhiphopの育成が目的ではないので、それ理解しつつ中華エンターテインメントを楽しむ番組かな」という見解を示しているのも興味深い。
そのメジャー化した中国ヒップホップとは距離をとり、独自の活動をしているのが、以前、block.fmでもインタビューを行ったアメリカ育ちで現在は、中国の中でもクラブカルチャーやナイトライフが盛んだと言われている成都を拠点にしているラッパーのBohan Phoenixだ。
彼は以前のインタビューでもそういった発言をしているが、最近公開されたHEAPS Magazineのインタビューでも「彼らと僕の目的は全然違うということ。もし、有名になりたい、金儲けしたいという思いでやっていたら、昨年のオファーは断ってない。金儲けよりも、より良い音楽を多くの人に届けたい」と語っており、実際に去年、『中国有嘻哈』からオファーがあったもののそれを断わり、急速に商業化していく中国のメインストリームのヒップホップシーンと異なる独自路線でファンベースを拡大させている。
また中国のメインストリームのヒップホップ番組といえば、その『中国新说唱』なのだが、どこの国にもメインストリームがあれば、アンダーグラウンドもあるように中国にもアンダーグランドなシーンもある。その中でコアなヒップホップファンから支持されているのがRADIIが名前を挙げた『ListenUp』というラッパーのオーディション番組だ。
こちらは、中国のSNS「Weibo」では、わずか2700人というそれほど多くないフォロワーしか抱えていなかったり、制作費が少ないという懐事情などもあるものの、コマーシャルに走らず”リアルなヒップホップ”を標榜する番組だ。そのため、審査員も長年、アンダーグラウンドの中国ヒップホップシーンで活動してきたベテラン陣で固められているそうで、その審査もシビアなものだという。しかし、その甲斐もあってか、現在、活躍する有名ラッパーたちを数多く輩出。その中には、昨年、『中国有嘻哈』で大ブレイクを果たし、今やファッションアイコンとしても知られる女性ラッパーのVAVAや、海外メディアにピックアップされたDMOBといったグループなどが含まれている。
またアンダーグラウンドサイドでは、HEAPS Magazineによると、アメリカから上海にやってきたDanaという”中国ヒップホップシーンのゴッドファーザー”と呼ばれる人物がおり、その彼がスタートさせた「Iron Mic」というバトルプログラムもリアルなヘッズたちからのリスペクトを集めているとのこと。同プログラムは2001年から開始され、今では中国国内で年間400ほどものイベントを10年以上に渡り続けているという。先述の『ListenUp』しかり、こういったセルアウトしないコアなヒップホップコンテンツも、実は中国ヒップホップシーンの地下世界には存在し、シーンの土壌を長年に渡り耕し続けてきたようだ。
中国ヒップホップシーン このようにメインストリームとアンダーグラウンドの両サイドにファンを抱える中国ヒップホップシーンだが、メインストリームでも今年は昨年には見られなかったことも起こっている。それは女性ラッパーたちの活躍だ。
RADIIでは、今月「Meet the Women of “Rap of China” Season 2」という記事を公開し、『中国新说唱』では、前シーズンに比べて女性ラッパーの出演者が増えていることを紹介。その女性ラッパーたちは、曲のクオリティーもさることながら、整ったルックスはまるでK-POPアイドルのようで非常にスタイリッシュに見える。そのため、今後番組出演を通してブレイクすることも予想されている。
中でもニューヨーク帰りで19歳のLexie Liuは、韓国のオーディション番組「K-pop Star 5」で4位選出、SXSWにも出演するなどの芸能活動の実績を持っており、最近ではRich Brianや、中国のヒップホップグループHigher Brothersを世界進出させた「88rising」とも契約するなど今後世界的なブレイクを予感させる存在だ。どことなくRihannaを彷彿とさせるルックスにも注目したい。
またTIFAは、昨年Universal Music Groupと契約し、今年は、ハリウッド映画『パシフィック・リム:アップライジング』にもカメオ出演している。
そして、かつては別名義でR&B/ジャズシンガーをしていたカナダ帰りのAngel Moも英語、中国を交えたバイリンガルなトラックで注目されている女性ラッパーの1人だ。
前シーズンの優勝者PG Oneの女性軽視的なリリックの内容は、彼の不倫スキャンダルもあり批判の対象となっていたが、今シーズンではそういったことも踏まえてなのかどうかはわからないものの、女性ラッパーたちにも成功するためのチャンスが与えれていることにも注目が集まっている。
このように一時は当局による規制により先行き不透明だったものの、昨年の勢いそのままに人気を拡大させ、一大エンターテイメント化しているメインストリームなシーンもあれば、地道に自分たちが信じるヒップホップを追求し、コアなファンベースを拡大させようと奮闘しているアンダーグラウンドなシーンもある中国ヒップホップ。もしかしたらメジャーどころはK-POPのように世界中のヒットチャートを席巻するようになったり、一方でアンダーグラウンドなものもより音楽通の間で知られるようになるかもしれない。
written by Jun Fukunaga
source:
https://twitter.com/reiko_souda/status/1027169840069394433
https://twitter.com/reiko_souda/status/1027171110645682177
https://twitter.com/reiko_souda/status/1027173389155233792
http://heapsmag.com/Chinese-hiphop-90s-00-and-latest
https://radiichina.com/rap-of-china-primer-all-you-need-to-know-as-the-hit-hip-hop-show-returns/
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