韓国ヒップホップやK-POPが陥った「沈黙の文化」とは? 韓国人ラッパーChangstarrが語った問題点と音楽の未来

米国の有名大学を経て、弁護士の道をドロップアウトした韓国のラッパーChangstarrにKULTUREHABがインタビュー。
SHARE
2019.02.05 03:00

アメリカと韓国、2つの文化をまたぐラッパーChangstarr(チャン・スター)がカルチャーメディア『KULTUREHUB』で自身のバックグラウンドと韓国のアンダーグラウンドシーンについて語った。




アイビーリーグの学位を取得、弁護士への道をドロップアウトしてラッパーになった“バガボンド”Changstarrとは



photo:Changstarr YouTube


Chanstarrこと Paul Chan Chang(ポール・チャン・チャン)がラッパーとなるまでの道のりは、アメリカと韓国の異なる文化環境によって作られた。


アメリカ・テキサス州の韓国系の家に生まれ育ったが、中学校は韓国の学校に通い、高校は再びアメリカに戻る。


余談だがこういった、両親の文化圏と異なる国で生まれ育つことを第三文化の子供、“サードカルチャーキッズ”と呼ばれている。今後さらにこういった家庭環境を経て、グローバルに活躍する人は増えていくんだろうなと思う(ポジティヴな側面と、ネガティヴな側面があるが)。


東南アジア地域に出自を持ち、アメリカを拠点に世界中で活躍する88Risingのアーティストたちもある種“サードカルチャーキッズ”と分類されるのかもしれない。


有名校、エリート街道より、韓国アンダーグラウンドヒップホップを目指す


話は戻って、Changstarrはアメリカの高校を卒業後ダートマス大学に文系専攻として進学。あまり日本での知名度はないかもしれないけれど、アメリカの東海岸に位置する伝統的な私立大学8校の総称「アイビーリーグ」の1校であり、ハーバード、イェール、コロンビアなどアメリカに代表される名門だ。


著名な人物を多数輩出し、女優メリル・ストリープも同大学を卒業したひとりだ。横断的に学問を修得し、教養を身に付けるリベラルアーツ教育がさかんである。


そんな有名私立校の法学部に入り、弁護士の道へと進んでいたChangstarr。エリート街道を歩む本人もアーティスト、ラッパーとして活動することになるとは思いもよらなかったようだ。


ラップなんか俺のビジョンにすらなかったんだ。ただただ好きなことをやって情熱的に楽しんでいただけ。そもそも自分のことをラッパーとして認識してなかったよ。大学3年のころに、韓国にある大手の法律事務所にインターンしたんだ。ほんとに嫌だった。この仕事じゃ、いくら稼げても絶対幸せになれない。そう感じたんだよ。

Changstarrが自分の歩んできた道に落胆した一方で、韓国のアンダーグラウンドラップのシーンが成長していることに気付いた。アメリカで培われた感性を武器に、Changstarrはその新しい動きに加わった。


 




ヒッピーマインドを宿すサイケデリックラッパー


過去10年間において、『Show Me the Money』や『Unpretty Rapstar』など、地上波のテレビ番組の影響もあり、ヒップホップという音楽ジャンルは、韓国でポピュラーなものになった。


Skrillex(スクリレックス)のフックアップによってCL(シーエル)、G-DRAGON(ジー・ドラゴン)が世界進出。さらに韓国人ラッパーKeith Ape(キース・エイプ)の楽曲「It G Ma」がアメリカでヒットしたことで、フィーチャリングされた韓国人ラッパーJayAllDay(ジェイ・オール・デイ)やOkasian(オケイション)にも注目が集まった(同時に、日本人ラッパーKOHH(コー)、LOOTA(ルータ)も取り上げられている)。




昨今、世界規模のヒップホップ文化の台頭、ダウンビートやトラップの流行に対し韓国のエンターテイメント業界も大きな関心を示してきた。BTS(防弾少年団)のビルボードアルバムチャート1位の獲得など、ヒップホップカルチャーの影響を受ける韓国のポップミュージックが多くの創造性への扉を叩いていることはたしかだ。


関連記事:BTS『Love YourSelf:Tear』全米初登場1位! 「Fake Love」もTop10入り K-POPに世界が最大の評価


激化する競争のなかで、Changstarrはヒッピーカルチャーの持つサイケデリックなバイブス、HIPHOPのリズムとビートをブレンドした独自のイメージを打ち立てている。



Changstarr:大学を卒業する1年前から髪の毛を伸ばし始め、友達とたくさん旅行をしたよ。卒業旅行のためにアラスカからLAまでロードトリップしたんだ。ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』の旅みたいにね。その経験が俺に多くの気付きと、人生を見る視点に影響を与えた。旅が終わって、すっかりヒッピーカルチャーにハマったんだ。そのパーソナリティがChangstarrの存在をユニークにしているように感じるね。




韓国ヒップホップシーンで起きているルネサンス


韓国のシーンで大きな改革を起こすのは現状難しいとChangstarrは見ている。韓国の音楽産業がHIPHOPの音楽を手に入れても、反社会的なメッセージやHIPHOP文化の本質には慣れておらず、タブーやセクシャリティについて切り込んでいくラッパーは、嫌悪され、排除されてしまう傾向にあるという。


これは韓国の音楽業界との関係が問題の根底にある、とChangstarrは言う。造られた才能と戦略的計画に基づいている音楽産業がアーティストの表現を管理し、シーン全体に個性や自由な表現を必要としない沈黙の文化をつくりあげたのだという。KULTURE HUBのインタビュアーにChangstarrは語る。


Changstarr:韓国は歌詞に非常にセンシティブなんだ。それはHIPHOPの表現に慣れていないからだ。セクシャルで物質的に聞こえる歌詞が多いかもしれないけど、それこそがHIPHOPの一部だ。本来なら侮辱的なセクシュアリティとパーソナリティの話はラップでしか表現できない。気をつけなきゃいけないことがたくさんあるんだよ。特に、こういうふうにいてほしいという期待が持たれてるアーティストたちに対して。そういったマニュアルがあるからこそ一般人の意見を気にしなければならない。変わっているのもユニークなのもだめ。だからほとんどが画一的で人工的に見えてしまうんだ。




アルバム『Vagabonds』収録のSperm Man(スペルマ マン)。 SM色強いMVも過激だ。



Changstarrの最新アルバム、『Vagabonds』は、韓国のラップシーンがより表現的、個性的になってほしいという願いが込められている。『Vagabonds』とは放浪者、ゴロツキなどを指す言葉だ。このアルバムでは韓国において非常にタブー視されているドラッグについてもピックアップしている。


Changstarr:社会的に受け入れられない選択なのかもしれないけど、そんなことはFUCK THATだ。だれかを傷つけさえしなければ、それでいいだろう。ドラッグについての議論がたくさんの人に話しされるような環境になったとしたら、今みたいに生々しい話はできないけど、音楽とスタイルを介して、たぶんある程度の文化のルネサンスが起こり始めるんじゃないかな。「みんな、落ち着け、自分になれ、やりたいことやれ」ってね。韓国のアンダーグラウンドなヒップホップシーンでは、韓国社会に求められていることと逆のことをやっている。だから今、前よりたくさんのアーティストが自分らしくいられるようになってきたんだ。


Changstarrはニューアルバムのリリースに続いて、ソウルで多くのギグを行い、韓国のアンダーグラウンドラップドキュメンタリー『Lust』と呼ばれるオンラインドキュメンタリーに出演した。


また、将来のコラボレーション作品のために、クルーを組織することを計画している。また、韓国のアンダーグラウンドアーティストやDJをピックアップした "Vagabondsパーティー"と呼ばれる自身のイベントを主催している。変化を求めるコリアンバガボンド、Changstarrの言うところの、HIPHOPによる文化ルネサンス運動はもう始まっているのだ。




88Risingの隆盛の先。アジアンヒップホップカルチャーの未来は明るい


ツアーで88Risingが東京を訪れ、88Rising代表ショーン・ミヤシロが日本のメディアで特集されたことにより、コアなヒップホップファンだけでなく、広く日本でも彼らの勢いと、そのクリエイティビティが知られることとなった。




88Risingは世界的なスターとなったアジアの血を引くアーティスト集団で、アメリカの音楽業界でのアジアンの地位を向上させたことは紛れもない事実だ。そして多くの人が思った。果たして、現在の日本の音楽アーティストにこれほどの世界的な知名度を持って活躍しているアーティストがどれほどいるだろう。と。


88Risingについては日本でも多くの議論が生まれている。アジアンカルチャーの搾取と見る趣もある。しかし、そんな議論の外ですでにアンダーグラウンドアーティストたちは、水面下に潜伏しながら独自のコネクションを築き、Changstarrの言うように自分たちの好きに、やりたいことをやりたいようにやっている。


KOHHは日本でオリコンチャートのトップをとらなくても、世界中のファンが日本語でKOHHの曲を歌い、世界中のアーティストとスタジオに入る。KOHHほどの知名度を持っていない者たちも音楽を媒介に、タイ、韓国、中国、言葉や人種を越えてアーティスト単位で交流しているのだ。


それは日本や、Changstarrのいう管理された韓国の音楽シーンの巨大なシステムと比較すれば小さな動きかもしれない。しかし88Risingもまた、長らくアジア人にスポットが当たることのなかったシステムをひっくり返すことに成功している。


戦略とタイミング、それらの要因が重なったのは偶然かもしれないが、システムの外で起こっている小さな動きはいずれ、システムがコントロールできなくなるほどに大きな影響力を持つようになるという証明と考えれば、アジアンヒップホップの未来は明るいのではないだろうか。少なくともChangstarrのように国境を越え、自由を歌う“バガボンド”が現れたことは吉兆だ。




written by Tomohisa“Tomy”Mochizuki

Interview Translation by Ed Farid Ikwan(Thanx mymen)


source:https://kulturehub.com/changstarr-korean-rapper/

http://hiphople.com/kboard/10969059


photo:Changstarr Instagram




SHARE